制度理解2026-07-29監修:山根一城(株式会社ポテンシャライト)

人材開発支援助成金に賃金助成はない — 訓練中の人件費をどう予算化するか

この記事の要点

「助成金が出るなら、研修中の給料もついでに補填してもらえるんですよね?」——ある製造業の人事担当の方から、面談の冒頭でそう聞かれたことがあります。悪気があっての質問ではなく、むしろ助成金という言葉から自然に連想される期待だと僕は思っています。この会社は計画届の作成までは順調でしたが、いざ訓練スケジュールを組む段階になって「20名を8時間ずつ研修に出すと、現場が一時的に人手不足になる。その分の人件費はどこから出るのか」という話が経営会議で急浮上し、僕のところに相談が来たという経緯がありました。

結論から先にお伝えします。事業展開等リスキリング支援コースで戻ってくるのは「訓練にかかった経費」だけです。訓練を受けている時間の給与、つまり人件費相当額を補填する「賃金助成」は、このコースには設定されていません。中小企業なら経費の一部が戻ってくるのは事実ですが、訓練中も社員には給与を支払い続けることになり、その分は基本的に自社負担のまま進みます。この前提を予算化の段階で織り込んでおかないと、経費助成の申請自体は通ったのに、社内の資金繰りで想定外の説明を求められる、という場面に僕は何度も立ち会ってきました。

1. 「経費助成」と「賃金助成」、そもそも何が違うのか

助成金の世界では、この二つはまったく別の仕組みです。経費助成は、外部研修の受講料・教材費・講師への謝金といった、訓練のために実際に支払った費用の一部を、あとから補填してもらう制度です。一方の賃金助成は、労働者が訓練を受けている間は本来の業務に就けないため、その時間分の賃金相当額を1時間あたりの定額で補う制度で、雇用保険二事業の各種助成金にしばしば組み込まれています。人材開発支援助成金の中にも、コースによっては賃金助成の枠を持つものがありますが、事業展開等リスキリング支援コースはこの枠を持たない、経費助成に一本化された制度設計になっています。この違いを最初にはっきりさせておかないと、予算計画そのものが最初の前提から狂ってしまいます。僕がお会いする担当者の方でも、「人材開発支援助成金」という同じ名前のなかに賃金助成があるコースとないコースが混在していることを、最初は意外に思われる方が少なくありません。

2. なぜこのコースには賃金助成がないのか

僕の見解としてお話しすると、事業展開等リスキリング支援コースは、新規事業展開やDX推進といった「攻めの投資」に伴うリスキリングの経費負担を軽くすることに、政策目的が絞られたコースだと理解しています。訓練を受けさせること自体への出費を後押しする設計であって、訓練中に働けなくなる時間の穴埋めまでは制度の射程に入っていない、という整理です。断定はできませんが、比較的新しく新設されたコースであることも踏まえると、財源配分の優先順位が経費助成に置かれた結果ではないかと僕は捉えています。いずれにせよ、現時点(2025年度)の厚生労働省のリーフレットを見る限り、このコースの助成項目に賃金助成の記載はありません。ここは「もらえるはず」で計画を進めず、公式リーフレットの助成内容の欄を必ず自分の目で確認していただきたいところです。制度は年度ごとに見直されるため、次年度の要件が公表されたタイミングでも、賃金助成の有無は改めて確認することをおすすめします。

3. 訓練中の人件費、実際どれくらいかかるのか

では、自社負担になる人件費相当額とはどれくらいの規模なのか。僕が相談実務でよく使う試算の形で示します。あくまで目安値としてご覧ください。

訓練時間対象人数想定時給(目安)人件費相当額の目安
20時間5名2,500円約25万円
20時間10名2,500円約50万円
40時間10名2,500円約100万円
40時間20名3,000円約240万円

この試算はあくまで「時給×訓練時間×人数」という単純計算で、実際には賞与や社会保険料の会社負担分まで含めて考える会社もありますし、管理職と若手で時給水準はまったく異なります。冒頭の製造業の会社では、20名・8時間・想定時給2,800円で試算したところ人件費相当額は約45万円となり、経費助成の見込み還付額(教材費・外部講師費の合計約60万円のうち45%相当、約27万円)を上回る規模になりました。ここでお伝えしたいのは、経費助成で「還付される額」よりも訓練中の人件費のほうが大きくなるケースは珍しくない、ということです。経費助成で戻ってくる金額(訓練経費の45〜75%程度、中小企業の場合の目安)と、この人件費相当額を、はじめから別の財布として社内で扱っておくこと。これが予算化の出発点になります。

4. 稟議・予算化の実務 — 人件費をどう社内で説明するか

実務としておすすめしているのは、稟議書の段階で「訓練経費(助成対象・後日還付見込み)」と「人件費相当額(自己負担・還付なし)」を別枠で並べて記載することです。経営層は「助成金が出るなら安い」と一括りに捉えがちですが、キャッシュフローの観点では、訓練経費もいったんは全額を自社が立て替え、訓練終了後2か月以内に支給申請をしてはじめて一部が戻ってくる、という時間差があります。人件費に至っては還付そのものがありません。この二つの性質の違いを数字で分けて見せるだけで、経営層の意思決定はかなりスムーズになる、というのが僕の体感値です。冒頭の製造業の会社でも、最初の稟議案では経費助成の還付見込み額しか書かれておらず、人件費相当額は欄外にも記載がありませんでした。そこで稟議書を組み直し、「経費助成27万円(還付見込み)」「人件費45万円(自己負担・還付なし)」の2行に分けて提出し直したところ、経営会議での質疑は「これは仕方ない出費だ」という納得に変わったと聞いています。稟議で数字を分けることは、後々の「話が違う」という不信感を防ぐ保険でもあると僕は考えています。

5. ケースで比較する — 3社の予算化パターン

相談を受けてきた中から、規模の異なる3社の予算化パターンを比較用に整理してみます。数字はいずれも各社の実際の設計を踏まえた目安値です。

会社規模受講人数・時間人件費相当額(目安)予算化の工夫
従業員30名の卸売業8名・20時間約40万円閑散期に集中実施し現場の穴を最小化
従業員120名の製造業20名・8時間約45万円パイロット5名で実額計測後に全社展開
従業員80名のIT企業15名・40時間約150万円eラーニング中心に切り替え業務時間内の分散受講

卸売業のケースでは、繁忙期を避けたことで代替要員の確保コストがほぼ発生せず、人件費相当額は試算通りに収まりました。一方IT企業のケースは当初、通学制の集合研修で40時間を組んでいたため人件費相当額が200万円を超える試算になり、経営層から差し戻しを受けています。そこでeラーニングと業務時間の分散受講に設計を変え、150万円まで圧縮した経緯がありました。この3社を並べてみると、業種の違いよりも「訓練時間の設計」が人件費相当額を左右する最大の変数だとわかります。逆に言えば、同じ人数・同じ内容の研修でも、実施の仕方ひとつで自社負担は倍近く変わりうる、ということです。

6. 人件費負担を抑える現実的な工夫と実務手順

人件費相当額そのものをゼロにすることはできませんが、圧縮する工夫はいくつかあります。実務の手順として僕がおすすめしているのは次の流れです。

  1. 計画届を作成する前の段階(所要時間の目安30分)で、職業能力開発推進者と現場の管理職を同席させ、対象人数×訓練時間の一覧表をその場で作ってしまう。
  2. 訓練形式をeラーニングと通学制のどちらか一択にせず、細切れの時間帯に組み合わせて設計する(見直しにかかる時間の目安は1〜2時間)。
  3. 繁忙期を避けたスケジュール調整を、営業部門・現場責任者と事前にすり合わせておく。
  4. いきなり全部署一斉ではなく、少人数のパイロット実施で人件費の実額を一度計測してから、全社展開の予算を組み直す。

特に効いてくるのは、2番目の「訓練形式の組み合わせ」です。集合研修は移動時間や拘束時間が丸ごと人件費になりますが、eラーニングを業務の合間に分散させれば、現場を長時間空ける必要がなくなります。訓練時間や対象経費の細かい線引きについては、対象経費ガイドの記事も合わせてご確認いただくと、経費助成の範囲をより正確に見積もれるはずです。

7. よくある失敗と、その対処

相談を受けていて特に多いのが、計画届を出す段階では人件費の話が誰の議題にも上らず、訓練実施の直前になって現場から「シフトが回らない」と悲鳴が上がるパターンです。対処は前章で触れた通り、計画届作成時点で現場責任者を同席させることに尽きます。もうひとつよくあるのが、人件費相当額を経費助成の還付額と混同し、実質的な持ち出しをゼロだと誤って経営層に説明してしまうケースです。これは後になって「話が違う」という不信感につながりやすいので、稟議の初期段階から2つの数字を分けておくことが結局は一番の近道だと僕は考えています。さらに三つ目として、パイロット実施をせずにいきなり全社展開の訓練時間を決めてしまい、実際の人件費相当額が想定の1.5倍以上に膨らんだという相談も過去にありました。研修に集中させると想定していた時間に、結局は現場の問い合わせ対応が入り込み、実質的な受講時間が延びた、というのがその会社の実情でした。小さく試してから広げる、という順番を崩さないことが、結果的に予算の精度を上げる近道です。

0.(結論) まとめ

事業展開等リスキリング支援コースは、訓練経費の負担を軽くしてくれる心強い制度ですが、訓練中の人件費までは肩代わりしてくれません。この前提を最初に社内で共有し、経費助成分と人件費(自己負担)分を分けて予算化すること、そして訓練時間の設計を工夫することが、無理のない研修計画につながると僕は考えています。皆さんいかがでしたでしょうか。数字を分けて見せるだけで、社内の合意形成はぐっと進みます。では今日もがんばりましょう。

よくある質問

Q. 事業展開等リスキリング支援コースでは訓練中の賃金も助成されますか?

いいえ。このコースで助成されるのは訓練経費の一部を補う「経費助成」のみで、訓練期間中の給与を補填する「賃金助成」は用意されていません。訓練中の給与は通常どおり自社が支払う前提で予算を組む必要があります。他コースの賃金助成と混同しないよう、事前に厚生労働省のリーフレットで助成項目を確認することをおすすめします。

Q. 訓練中の人件費はどれくらい見込んでおけばいいですか?

目安として、時給2,500円の社員が20時間の訓練を受ける場合、1人あたり5万円、10名なら約50万円の人件費相当額がかかる計算です。これは僕が相談を受ける中でよく使う試算例で、実際の金額は各社の賃金体系や訓練時間の設計によって変わります。必ず自社の時給水準と受講人数で試算し直してください。

Q. 賃金助成がある他の助成金と組み合わせることはできますか?

制度ごとに併給調整のルールがあるため、同一の訓練・同一期間について複数の助成金を重複して受給することは基本的にできません。賃金助成のある制度を優先したい場合は、事業展開等リスキリング支援コースの経費助成率や対象経費の範囲と比較したうえで、自社の目的に合う制度を事前に整理することをおすすめします。

監修:山根 一城(株式会社ポテンシャライト 代表)

IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。

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